それからの展開は早かった。
     アサユキが何が何やら理解できぬうちに数名の神子に取り囲まれ、貫頭衣を剥ぎ取られて、裸になってしまった。

    「わー! 何するんだ! 離せってば! ねえさま! フキ!」

     そう訴えても、フキは笑って

    「アサユキ、おとなしくしていてね?」

     と言うばかりだ。
     神子になるってどういうことだ? 

     頭の中が疑問でいっぱいになっているうちに、集落の前を流れるオオクマ川の流れの中に連れて行かれ、ここで女性の神子数人がかりでゴシゴシと体をこすられる。

    「わっぷ! いたたた! いたいってばー! ちょっと、なんなのよもう!」

     きれいになったアサユキは、高床式の建物の中に連れて行かれ、今まで着たことも無いような、上等のふわりと柔らかくて少し丈の長い貫頭衣を被せられた。
     
     こういう高床式の建物は、それぞれの集落にたいていは一棟か二棟建っているのだが、この神子の里にある建物は、神殿、と呼ばれており、どこの集落のものよりも大きく立派なのだった。

     アサユキが着替えている隣ではフキが道具入れから赤土を取り出して、自らの唾液でそれを練り上げている。

    「さ、座って」

     正座したアサユキの正面にフキが座った。
     そして、アサユキの額に練り上げた赤土をこすりつけ、何やら模様を描いていく。

    「この模様はね、丸の中に横線で、大地とそれを巡る命を表しているのよ。命の印なの。さあ、うまく描けた。これであなたはこれから、明日の夕方までこの格好でいるのよ」

     あまりのことにぽかんとしていると、そこへ大神子があらわれた。

    「よしよし、うまく支度ができたじゃないか。祭壇の用意もすでにできているよ。アサユキ、こちらへおいで」

     アサユキはフキに背中を押されて、大神子の後を追った。
     外へでてみると、集落中央の広場では狼煙《のろし》が焚かれている。
     あれやこれやと忙しくしているうちに、空はもう暗い茜色に染まっていた。家路を急ぐ鳥の声。空をひらひらと舞うのは穴から這い出したコウモリだろう。
     里の中には三つの掘立柱の櫓が建っている。それぞれ大中小と大きさが異なるのだが、その中で一番大きな櫓の前には火が焚かれ、梯子がかけられていた。

    「アサユキ、おまえはこの祭壇の上で今宵一晩過ごすんだ」

     アサユキがまごまごとしていると、大勢の神子たちに取り囲まれて「さあさあ」と、はしごの下へと追い詰められてしまった。

    「大神子様!」

     アサユキが助けを求めると、後ろでこの様子を眺めていた大神子がアサユキに近づいてきた。アサユキを取り囲んでいた神子たちは身体をずらし、道を開ける。
     アサユキを見る、大神子の瞳は凪いでいた。

    「混乱。不安。そして少しばかりの恐怖。おまえが感じているものは、そんなところかな? だがなアサユキ。おまえは精霊様が、保澄様がみえた。そうだね?」
    「はい」
    「ならばさ、おまえは神子にならねばならない。力の強い神子は、年々減っているのだ。何も怖いことはない。この婆も、おまえの姉のフキも経験したことさ。さ……」

     大神子は大人の身長の三倍もあろうかという櫓の上を見上げた。 

    「さあお行き、アサユキ!」

     大神子の声に、どうにも逃れることは出来ないのだと観念したアサユキは上から伸びるはしごに手をかける。
     直ぐ側で焚かれている楢の木がパチパチと音を立て、香ばしい良い香りがした。

    「ここで一晩過ごして、昨日までのアサユキを神様にお返しするんだよ。そうしたら、おまえは明日から、この里で暮らす神子となる。明日にはこの神子の里のヒコの里から、祝いの品を携えた使者がやってくるだろう」

     はしごを登るアサユキの背中に大神子が語りかけた。
     アサユキが上の階へと登ると、櫓の上には大きな熊の毛皮が敷かれていて、そこに果物やら木の実が置かれている。
     物音がして振り返ると、はしごが取り外されるところだった。

    「大神子様! フキ!」

     途端に不安になって叫ぶ。
     しかし、誰もアサユキには答えずに、それまで忙しく立ち働いていた神子たちは皆、神殿の中へと姿を隠し、ピタリと入り口を閉ざしてしまった。そうして広場には誰も居なくなってしまった。

    「ちょっと! どうなってんのよ!」

     アサユキはその場で地団駄を踏んで悔しがった。
     飛び降りることもできそうではあったが、怪我をするかもしれないし、飛び降りても結局どうにもならないような気がして、もう一度大きく熊の毛皮を蹴りつけると、その上に胡座をかいて座り込んだ。

     しばらくすると、神殿の中からは何かを唱えている声のようなものが聞こえだす。
     神子たちが祈りの言葉を唱えているのかもしれない。

     上を見上げると、すっかり暗くなった空にキラキラと天の川が光りだしていた。

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    「孤独」 (完済)

    前編  中編  後編

    「かつて、精霊がいた」 (完結)

    「アサユキ 精霊と出会う」
    その一 その二 その三
    「アサユキ 神子となる」
    その一 その二 その三 その四
    「アサユキと 白い精霊」
    その一 その二
    「アサユキと 魂の輪」
    その一 その二
    「アサユキ 決別する」
    その一 その二 その三