まゆたま1


     まゆは、おじいちゃんの作ってくれた大きな雪のすべり台を見上げた。
     おじいちゃんとおばあちゃんの住む田舎は、雪がたくさんたくさんふる。おじいちゃんは冬休みに遊びにやって来るまゆのために、じょせつした雪を集めて大きなすべり台を作っておいてくれたのだ。

     こんな大きな雪のすべり台ははじめてだ!

     まゆはすぐにもその滑り台で遊びたかったのだが

    「今日はついたばかりだし、もう夕方だ。寒くなってきたしすぐ暗くなるよ。明日いっぱい遊びな」

     と、おばあちゃんに止められた。



     夜九時をすぎると、おふとんの中に入れられてしまう。
     大人はいーなー。
     まゆは思う。
     夜、たくさん起きていられるのだ。

    「でんき、消さないでよ!」
     
     まゆは、ふとんのなかからおかあさんをみあげた。
     いなかのお家は好きだけど、とても広くて古いので、一人でねるのがこわい。

    「はいはい、小さいのにしておくから、ちゃんとねるのよ?」

     どうして大人はいつまでもねないんだろう?
     ふこうへいというものだ。
     ふすまを閉めて、おかあさんが部屋を出て行ってしまうと、一人ぼっちになる。
     居間からはお酒を飲んでいるお父さんとおじいちゃんの声が聞こえる。外からは何にも音がしないのだけれど、ときどき、思い出したようにガタガタッ! と、すごい音を立てて雪が屋根から落ちていく。
     まゆは、まわりの音に耳をかたむけながら、しだいにこっくりこっくりと、夢のなかにしずんでいく。
     


     くすくすくす……。
     あははははははは!



     とおく、夢の中でまゆは女の子の笑い声を聞いたような気がした。

     ❋

     次の日、まゆは起きると朝のあいさつをするのも忘れて「ねえ、すべり台で遊んでいい?」と、きいた。

    「まゆ、おはようは?」

     おかあさんがこしに手を当ててまゆを見ていた。ちょっとこわい顔だ。

    「……おはよう」
    「はい、おはよう」
    「よくねむれたかい?」
    「さむくなかったかい?」

     おじいちゃんとおばあちゃんがこたつの中でにこにこしながらこちらをみていた。おとうさんはまだねているのだろう。

    「朝ご飯食べたら行ってきな。じいちゃんも後から様子見にいくで」
    「うん!」

     まゆは、いそいでごはんをたべると、新しく買ってもらったあったかいピンクと白のスキーウェアを着込んだ。ふわふわの耳あてをして、もう、準備はばっちりだ。

    「ほら、これもっていきな」

     おばあちゃんが玄関先にあるむしろをてわたしてくれる。

    「これをたたんで、お尻の下にひくんだよ」
    「うん、わかったよ!」

     新しいブーツをはいて、勢いよく雪の世界にとびだして行った。
     


     おじいちゃんの作ったすべり台はすばらしく大きくて、まるでスライダーのようだ。
     まゆは何回か滑っただけで息が上がってしまった。身体もポカポカとしてくる。
     もう一回滑ろうと、すべり台のてっぺんに立った時、下からこちらを見上げている女の子に気が付いた。

    「おはよー!」

     まゆが大きな声で呼びかけると、その子はびっくりしたように飛び上がった。
     するするするー!
     雪のスライダーをすべりおり、女の子の前に立つ。

    「おはよう!」 

     もう一度まゆが言うと、目をいっぱいにひろげてこちらを見ていた女の子は「おはよう」と小さい声で返してくる。

    「わたしまゆ。あなたは?」

     女の子は、またもやかのなくような声で「たまこ」とだけ言った。

    「いっしょにあそぼうよ?」 

     まゆがいうと、たまこはかすかにうなずいた。



     まゆとたまこはいっしょにすべり台をすべった。むしろひろげてふたりで座る。まゆの後ろに座ったたまこが、赤いミトンのてぶくろをまゆのこしにまわす。

    「いくよ?」

     まゆがふりかえり、たまこがうなずくと、いっしょに足でけってすべりだした。

    「きゃー」「きゃー」「うわあああ」

     二人できそうように大きな声を出して何度もすべった。
     すべり台にあきれば雪だるまを作る。道路を歩きながら両脇の雪のカベに手形をつけたりもした。
     おじいちゃんたちの住む集落には子どもがいなかったから、今まで一緒に遊べるお友達はいなかったので、まゆはとてもうれしかった。
     


     その日は午後からおもちつきをした。本当はもう田舎のお家ではおもちつきは終わっていたのだが、まゆのために一臼だけつくことにしたのだそうだ。
     今日は、おおみそかだった。

    「ほんとうはねえ、大みそかにおもちをついてはいけないんだよ」

     おばあちゃんが教えてくれる。

    「一夜もちって、言うでな。うんがひとばんでなくなってしまうっていうなあ。でも、ばあちゃんちはちゃんともちはついてるで。今日はまゆちゃんのためにとくべつずら」
    「まゆももちつく!」

     だって、まゆのとくべつなおもちなんだもん。まゆがつかないわけにはいかない!
     ふかしたおもちの米をうすにいれて、お父さんとおじいちゃんがさいしょに練る。

    「ここをしっかりせんと美味しいおもちにならんでな。まゆちゃんは、そのあと」

     まゆはわくわくしてホカホカと湯気を立てるうすの中を見ていた。そうしてやっとまゆの出番が来たのだけれど、きねの重いことといったらない。
     ふらふらしながら、ようよう二、三回ぺったんぺったんすると。「むり!」と叫んできねをお父さんにさしだしてしまった。

    「いやあ、まゆちゃん、はじめてにしてはじょうずにできたよ」

     と、おばあちゃんが言ってくれたが、まゆはちょっとざんねんだった。もっと上手にできると思っていたのだ。
     またたまこはいないかと、お家のまわりをぐるぐるしてみたけれど、こんどはたまこをみつけることは出来なかった。
     その代わり、小柄でやさしそうな女の人がきょろきょろしながら曲がりくねった坂道を歩いているのを見つけた。

    「おばちゃん、なにかさがしてるの?」

     まゆが声をかけると、女の人はふりかえって「たまこっていう女の子を探してるのよ。赤いミトンのてぶくろをしているの……」
     と言った。

    「え? おばちゃん、たまこちゃんのおかあさんなの?」

     まゆは目の前の女の人をじいっと見つめた。

    「しってるの!?」

     女の人はたまゆのかたをぐっとつかんだ。
     まゆはそのいきおいにたじろぐ。

    「うん。さっきあそんだ」
    「そう……そう」

     まゆの目の高さにしゃがみ込んだひとみが、うるうるとうるんでいた。

    「おねえちゃん、お名前は?」
    「まゆ!」
    「そう、まゆちゃん、お願いがあるの」
    「おねがい?」
    「そうよ。おばちゃんね。ずっとずーっとたまこちゃんをさがしてるの。たまこちゃんはお母さんがおこってると思って出てきてくれないのよ」
    「……ずっと?」
    「ええ。だからね、たまこちゃんに会ったら、お母さん、もうおこってないから出て来てって、伝えてもらえないかしら?」
    「……わかったよ!」

     たまこちゃんはお家にも帰らないのかしら? と少しふしぎに思ったものの、まだ幼いまゆは大人からの〈おねがい〉がうれしくて、こくりとうなずいた。



     もちがつきあがると、おぜんざいにしてみんなで食べた。午後からちらちらと降り出した雪がだんだん激しくなってきていた。
     もちつきは、母屋の隣に立っている農機具をしまう小屋で行ったので、屋根がある。けれども寒い。

    「さあ、もうお家に帰るよ」

     声をかけられたまゆは「あと三回だけすべり台すべっていい?」と、おかあさんに聞いた。

    「わかったわ。三回すべったらお家に入るのよ?」


     忙しくもちつきの片づけをしながらお母さんはまゆに言い聞かせた。

    「はーい!」

     まゆは家のうらてのすべり台に走っていく。ほんのりとあたりは暗くなり始めていた。
     二回すべって、さいごの一回だ! と、すべり台の上に立った時、少し先の灰色の雪の中に赤いミトンを付けたたまこを見つけた。

    「たまこちゃん!」

     すべりだいは、雪がつもりだしすべりが悪くなっていた。が、何とかすべりおり、たまこのいた方を見ると、たまこは家のうらの道を少し先へと歩いていくところだった。「まって! たまこちゃん!」
     まゆは叫んだ。たまこちゃんに伝えなければいけないことがあったのをおもいだしたのだ。
     たまこは時折こちらを振り返るのだが、まゆが追いつこうとすると少し先へと歩いて行ってしまう。
     辺りが暗くなってきて、まゆはたまこを追うことがこわくなったが、このまま一人で帰ることも、こわくなっていた。

    「まって、まってよう! たまこちゃん!」

     曲がりくねった坂道をしばらく登ったところでたまこはまゆを待っていた。

    「どうしてついてきたの?」

     こちらを向いたたまこがまゆにきく。

    「え?」

     いっしゅんまゆは、答えにつまったが、すぐにおもいだした。

    「おばちゃんにお願いされたんだよ!」
    「おばちゃん? たまこにお願いをするようなおばちゃんは、もういないよ……。それより、まゆちゃん、こんな暗くなって、こんなところに一人できたら危ないんだよ?」
    「ひとりじゃないじゃん。たまこちゃんがいるじゃん!」

     たまこはこたえない。はげしくふる雪の中に、たまこの姿が今にもかききえそうで、まゆは怖くなった。

    「おばちゃん、たまこちゃんのお母さんが言ってたよ。えっと……。えっと……」
    「おかあさん? うそ……」

     赤いミトンに包まれた手を、たまこは胸の前でにぎりしめた。

    「うそじゃないよ。赤いミトンのたまこちゃんをさがしてたよ。それで、おこってないから出て来てって、言ってたよ?」
    「うそ! うそよ! おかあさんは、おこってるもん。だって、たまこ、行っちゃダメって言われていたのに、危ないからって言われていたのに、来ちゃったんだもん!」
    「え? どこに?」

     たまこは握りしめていた手をといて、すっと左に真っ直ぐにあげた。

    「この先にあるんだよ。冬でも凍らないばしょが。地下からお水がわき出ているところ。雪がつもって、気が付かないでその上に乗ると、お水の中におっこちちゃうんだよ?」

     たんたんと言うたまこにまゆはきょうふをおぼえる。

    「かえろうよ、たまこちゃん、おかあさん、まってるよ」
    「だめだよ。おかあさんおこってる! たまこ、ダメって言われてるのにそこに行って、落っこちて死んじゃったんだから!」

     きゅうに叫んだたまこにおどろいて、まゆの目には涙がうかんできた。

    「おこってなかったよう……。たまこちゃん……。おかあさん、まってるよう? ……ううっ、えっ、えっ」

     泣きながら、まゆは後ろに人の建つ気配を感じた。

    「たまこ」

     声がして、まゆがふりかえると、そこには昼間のおばちゃんがいた。

    「おばちゃん!」

     まゆはほっとした。おばちゃんはやさしくまゆにほほえんでいた。

    「ごめんね、まゆちゃん。こわかったね」

     そして、先にいるたまこの方をむく。

    「たまこ……」

     近づく母に、たまこは一歩後ずさったが、そのまま動かずにいた。

    「ごめ……ごめんなさい……おかあさん」

     こんどはたまこが、なみだごえになる。
     顔をゆがませたたまこの目の前におばちゃんはひざまずくと「ばかだねえ」と、たまこの体を抱いた。

    「ばかだねえ、たまこ。さむかったろうに……こわかったろうに……さびしかったろうに……。なんだってもっとはやくにお母さんのところに来ないんだい?」

     たまこは自分の肩を抱く母のうでを、赤いミトンのはまった手で、ギュッと抱えた。

    「おかあさん! おか……さ……!」



     まゆは、しんじられないものを見た。
     しっかりと抱き合う二人の体がぼんやりと発光し、小さな粒となって空へと登って行ったのだ。まるで、天に向かってふる雪のように。
     ほどけた光の粒が辺りを照らし、こんもりと雪をのせた木の影が雪原に映る。

     ――――おかあさん。
     ――――たまこ。

     光がささやいていた。

    「まゆー! まゆぅー!!!」

     その時背後から、今まで聞いたこともないような母の叫び声が聞こえた。

    「おかあさーん! おかあさぁぁぁーん!」

     まゆも、全身に力を込め、ある限りの声で母を呼んだ。
     ざくざくと雪を踏みしめる音がいくつもして、まゆがふりかえったら、母がおおいかぶさるようにまゆを抱きしめていた。その後ろに、かいちゅうでんとうを持った、おじいちゃん。お父さんもいる。

    「もう! お家に帰りなさいって言ったでしょう!! なんで一人でいなくなるの!? くっ、暗くなったら、お家に帰れないでしょ!」

     そんなに大きな声を出したら、のどがこわれてしまうのではないかとまゆが心配になるくらいの声で怒られた。

    「まあまあ、とりあえず家に連れて行こうよ。まゆ、寒いだろ?」

     お父さんがマフラーでまゆの首をぐるぐる巻きにしてくれる。

    「後ろから照らすで、先にいきな」

     おじいちゃんがかいちゅうでんとうをかかげた。
     まゆはお母さんと手をつないだ。見上げたお母さんはごしごしとながれるなみだをおこったようにらんぼうに腕でぬぐっていた。




    「まゆのいた方角に、狐火が見えたもんでな?」

     家に帰って、ぬれた服を脱ぎ、あたたかいに飲み物を飲んで人心地つくとおじいちゃんが言った。

    「たまこちゃんといたんだよ」

     そう言うと、おじいちゃんは目を大きく開いた。

    「あそこに、たまこといたのかい?」
    「うん、そんでね、たまこちゃんは、むかえに来たおばちゃん……たまこちゃんのおかあさんと、雪になって、お空にのぼっていっちゃったの」

     おじいちゃんは大きな湯呑を両手で包み込んだ。
     ずずっと、茶を飲み、ふーっと息をつく。

    「そうかあ、かあちゃんがたまこを迎えに来たんなら……」
    「おじいちゃん、たまこちゃん知ってるの?」

     まゆがいうと、おじいちゃんは無言でうなずく。

    「おじいちゃんにはなあ、たまこという妹がおったんだわ。でもちょうど、六つだったろうか? 今のまゆちゃんと同じ年の時にあそこのわきにある水源に落ちて死んでしまったんだわ。お母さんは泣いて泣いてなあ」
     
     おじいちゃんは、目頭を押さえた。
     

    まゆたま2「じゃあ、おかあさんとたまこちゃんは、会えたんだよ。だって、ふたりでいっしょにお空にのぼって行ったもん」

     そう言ったまゆを、おかあさんがぎゅっと抱きしめた。 次の日、まゆはおじいちゃんと一緒に水源のそばの道路に花を供えた。

    「ねえ、おじいちゃん、たまこちゃん、赤いミトンをしていたよ?」

     まゆが言うと、

    「ああ、お母さんは編み物が上手でな、いつもたまこには赤いミトン、じいいちゃんには緑のミトンを編んでくれとったわ……」

     なつかしむようにつぶやき、手を合わせて目を閉じた。
     まゆもまねをした。

    (たまこちゃん、楽しかったよ。いつかまた、あそぼうね)

     そう、まゆは心の中でたまこに語りかけた。
     雪のやんだ空のすきまから陽の光がさしこんで、ぱさり、と雪のこぼれる音がした。


    〈おわり〉

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    その一 その二 その三
    「アサユキ 神子となる」
    その一 その二 その三 その四
    「アサユキと 白い精霊」
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    「アサユキと 魂の輪」
    その一 その二
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    その一 その二 その三